アントニオ・グラムシの予言

 

加瀬 英明(外交評論家)

 

共産主義の脅威は、もはや暴力革命や、一党独裁によるものではなく、伝統社会と国家を破壊しつつあるグローバリズムとなって、私たちを襲っている。

 

昨秋ワシントンを訪れた時に、アントニオ・グラムシ(1891~1937年)の著作集を求めて、久し振りに読んだ。読み直すと、この異端で、鬼才だった共産主義者による予言が当たっていることに慄然とした。

 

グラムシはイタリア共産党のイデオローグで、グローバリストであり、「ヘゲモニー(指導)装置」と呼ぶ「国家の消滅」を目標としたが、階級闘争によって歴史の必然として革命が成就して、共産社会が実現するというマルキシズムの理論を否定して、第二次大戦前に、粗暴で権威主義だとみたロシア(ソ連、中国、北朝鮮など)モデルの社会主義体制が、瓦解することを予見していた。

 

グラムシは先進国において科学技術が進み、豊かさが増した結果、上部構造に従属してきた社会集団が分解して、ヘゲモニーが理論も、革命への自覚も欠き、まったく組織されることがない一般の人々に移ることによって、国家が消滅してゆくことを、見透した。

 

そして伝統が培った生活慣習を、「歴史的堆積物」と呼んで、滓(おり)とみなした。人々が在来文化の鎖によって繋がれてきたが、古い鎖が溶解してゆくと説いた。

 

グラムシは個人に何よりも高い価値が与えられることによって、慣習によって束縛されてきた従属社会集団が、解体することを予見した。

 

私たちの身の回りでも、社会を統べてきた人と人の間の絆や、日常用いられてきた言葉に託されてきた意味や、伝統的な儀礼などの慣習が、人々を束ねてきた機能を急速に失うようになっている。

 

人々は先人から受け継いできたナショナルな伝統社会や、徳目を尊んできたが、LGBTなど個人が聖なる存在となるために、私たちの目の前に無政府状態がある。

 

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